「明日届く」と「しばらく待つ」は、どちらも嫌いじゃない

「明日届きます」と書いてあれば、「明日ね、わかったー」と思います。一方で、「発送までしばらくお待ちください」と書いてある商品なら、
「じゃあ気長に待ってみよう」となる。私は、のんきですので意外と待てるほうです。(なんなら楽しみな感情ごと忘れてるかも…)

もちろん、早く届くならそれに越したことはありません。でも、最初から時間がかかる商品だとわかっていれば、それほど気にならない。ところが、「いつ届くのかわからない」と感じた瞬間、同じ待ち時間でも急に落ち着かなくなることがあります。

これ、何が違うんだろう。

季節の商品を扱っていると、そんなことを考える場面があります。

果物などは、注文を受けたからといって、こちらの都合で明日収穫できるものではありません。天候によって収穫時期は変わりますし、生産者さんの受け入れ状況によって注文を締め切ることもあります。品種によっては、ほんの2週間ほどで次の桃に切り替わることもある。

販売する側としては、できるだけ発送時期を案内しています。
それでも、「いつ届くのかわからない」「事前に知りたかった」という声が届くことがあります。

そのたびに、「待てない人がいる」と考えるより、
もう少し違うところに原因があるんじゃないかと思うようになりました。

もしかすると、人は「待つこと」が嫌なのではなく、「待っている間、自分では何もわからないこと」に疲れるのではないでしょうか。

病院の30分は、なぜあんなに長く感じるのか

たとえば病院です。
受付を済ませて、「順番が来るまでお待ちください」と言われる。
そこから10分、20分、30分。時計を見るたびに、「まだかな」と思います。
ところが、「診察まであと40分ほどかかります」と最初にわかっていたら、少し違います。
「じゃあ近くの本屋に行ってこよう」
「車で少し休んでこよう」
「このメールだけ返しておこう」

待ち時間そのものは40分のままです。それでも、自分でその時間をどう使うか選べる。

この違いは、心理学でいう「心理的リアクタンス」という考え方ともつながります。
人は、自分の行動や選択を自分でコントロールできないと感じると、ストレスや反発を感じやすくなります。

つまり、「40分待つこと」が嫌なのではなく、「いつまで待つのかわからず、ただ拘束されていること」が嫌なのかもしれません。

これは、通販の待ち時間にも似ています。「7月下旬発送予定」とわかっていれば、そのつもりで予定を組める。
「収穫でき次第発送」としかわからなければ、いつ届くのかを気にしながら待つことになる。

同じ「待つ」でも、自分の中で時間の置き場所が違います。
待つ時間を短くできなくても、「何を待っているのか」「あとどれくらいなのか」がわかれば、不確実さは減らせる。
ここは、季節の商品を扱ううえで、結構大事なことなのではないかと思っています。

そういえば、食べるまでに少し時間がかかるものは楽しい

ここで、なぜかきなこと黒蜜がかかった餅を思い出しました。あの餅、よく考えると少し面倒です。
きなこが入っていて、黒蜜は別。餅を出して、黒蜜をかけて、きなこと一緒にする。
私は最初、容器の中の餅に黒蜜を回しかけて食べていました。ところが、あるときテレビで包装を広げ、その上に餅を出し、黒蜜をかける食べ方を見ました。

それ以来、なぜかその食べ方をしています。別に、そのほうが圧倒的においしくなるわけではありません。
相変わらずきなこは散らかるし、時短になるわけでもない気がします。どちらにせよ、面倒です。

それでも、黒蜜をかけて、きなこをまとわせて、「よし、食べよう」となる瞬間が楽しい。
「ようやく食べられる!」という感じが達成感すらあります。

人は、自分で手間をかけたものほど価値を感じやすくなる「労力正当化」という心理的な傾向があります。もちろん、手間をかければ何でも嬉しいわけではありません。

大事なのは、その先に「やりたいこと」が見えていること。黒蜜をかけることが楽しいのではなく、その先に餅を食べる楽しみがある。
そして、考えてみれば、季節の商品にも似たところがあります。注文した瞬間には、まだ食べられない。
畑で育って、収穫されて、選別されて、箱に詰められて、ようやく届く。その「ようやく」の中に、商品の時間があります。

「待つ時間」を、ただの空白にしない

ただ、餅と季節の商品には大きな違いがあります。餅なら、自分で黒蜜をかけるところから、食べるまでの工程が見えています。
季節の商品は、その時間がほとんど見えません。

注文したあと、商品がどこにあるのか。まだ畑にいるのか、もう収穫されたのか。発送の準備に入ったのか。
購入した人からは見えない。だからこそ、「待つ時間」に必要なのは、ただ「お待ちください」と伝えることではないのだと思います。

待っている間に、状況がわかること。そして、「なぜ待つ必要があるのか」がわかること。
例えば、こんな案内が考えられます。

一つ目は、「今どこにいるのか」を見せること。

「7月下旬発送予定」だけではなく、「収穫前→収穫→選果→発送→お届け」という流れを見せる。
今、自分がどこで待っているのかがわかれば、時間に輪郭ができます。


二つ目は、「なぜ待つのか」を伝えること。

「天候によって発送時期が前後します」だけでは、少し事務的です。「桃の状態を見ながら、食べ頃を迎えたものから収穫しています」と伝えれば、待つ理由が見えてくる。待たされているのではなく、今まさに商品ができあがっている途中なのだと理解できます。

三つ目は、「待っている時間そのもの」を少し楽しめるようにすること。

今年の桃の対応を終え、例えば来年は、
季節商品のページに「いつくるかな?」という一枚を入れてみたい。商品を大きく見せるための写真ではなく、収穫までの時間を感じられるような写真です。もちろん、発送時期や注意事項はきちんと書く。そのうえで、「まだかな」「そろそろかな」と思える余白をつくる。どれも、発送を早くする方法ではありません。それでも、「何もわからないまま待つ」という状態は変えられます。

「待たせない」だけが、親切ではない

ネット通販は、欲しいと思ったら翌日に届くことも珍しくなくなりました。
だからこそ、季節の商品が持っている「待つ時間」は、少し特殊です。桃は、注文した瞬間に完成する商品ではありません。

畑で育つ時間があり、収穫する時間があり、届くまでの時間がある。その時間まで含めて、その商品なのだと思います。だからといって、「時間がかかることに価値があります」と言いたいわけではありません。待たせればいいわけでもありません。予定がある人にとって、届く時期がわからないことは普通に困ります。だから、待つ時間をなくせないなら、せめて「安心して待てる状態」をつくる。
「いつ頃届くの?」、「今どの段階?」、「〇月中旬前後の理由は?」

必要なことがわかれば、人は自分の時間を使えるようになります。病院の30分と同じです。待ち時間そのものは変わらなくても、「あと30分」とわかれば、その30分を自分のために使える。

季節の商品も、「まだ届かない」と待ち続けるのではなく、「今は収穫を待っているんだな」「そろそろかな」と思えるようになれば、待つ時間の意味は少し変わります。
「面倒くさい」の先にあるものが見えていれば、私たちは案外、待つことができます。
だからこそ、案内する側としては、ただ「お待ちください」とお願いするのではなく、待つために必要な情報をきちんと渡したい。
お客様から届いた声や、実際の問い合わせを手がかりに、

「ここがわかりにくかった」「ここが不安だった」という部分を見つけたら、次のページ、次のシーズンに反映していく。

案内が的確であることはもちろん、その案内を読んだ人が余計な不安を抱かず、自分の予定を立てられるところまで考える。
「まだ届かない」ではなく、「そろそろかな」と思ってもらえる。
そんなふうに、待つ時間まで含めて楽しめる買い物を、少しずつつくっていけたらと思います。

まとめ

「早く届くこと」が当たり前になった今、季節の商品や個人店が営む商品の出荷には、どうしても時間が必要です。だからこそ大切なのは、ただ待っていただくことではなく、その時間をどう過ごしてもらうかを考えることなのだと思います。
いつ届くのか。今どの段階なのか。なぜ時間がかかるのか。そうした情報がきちんとわかれば、お客様は自分の予定を立てながら、その商品を待つことができます。
私たちも、お客様からいただく問い合わせや声を「困ったこと」として終わらせず、案内のわかりにくさや不安につながっている部分を見つけるきっかけとして活かしていきたいと思います。