Noto Sansに飽きたので「無難なゴシック」を比較する――Noto Sans、游ゴシック体、LINE Seed
Webサイトのデザインをしていると、Noto Sans JPを使う機会が本当に多いです。Google Fontsで配信できる。ウェイトが揃っている。日本語も欧文も破綻しにくい。本文にも見出しにも使える。そして何より、クセがなくてデザインを邪魔しない。
とても優秀な書体ですが、正直なところ私は最近ちょっとNoto Sans JPに飽きてきました。「困ったらNoto Sans」で大抵なんとかなってしまう、その万能さゆえの贅沢な不満です。
そんな中、Google Fontsを眺めていて目に留まった「LINE Seed JP」。一見すると、ごく普通のゴシック体です。奇抜ではない。でもNoto Sansより少し柔らかく、ほんのり愛嬌がある。なおかつ、ビジネスの現場でも十分通用するクオリティに整っている 。
制作部リーダーに見せてみたところ「全然いけますね。エッジをわずかに丸めてるところとかいいですね」。
――そう、その「わずかに」なんです。
今回はNoto Sans JP、游ゴシック体、LINE Seed JPという、3つのゴシック体を少し細かく眺めながら、「クセがない書体のクセ」について考えてみます。
Noto Sansの、偉大なる「普通」

NotoはGoogleが展開する多言語フォントプロジェクトで、1000以上の言語、150以上の文字体系をカバーしています。
コンピューターで表示できない文字がある場合、文字の代わりに白い四角、通称「豆腐」が表示されますが、Notoのネーミングには「No Tofu=どんな言語・どんな文字にも豆腐を出させない」という意味が込められています。
出発点からして、一企業の「らしさ」を表現するためのブランドフォントとは目的が違います。漢字、かな、アルファベット、数字、記号、さらに多数の文字体系を、大きなシステムの中で破綻なく共存させることが求められる、あらゆる言葉を包括するための書体。
そう考えると、Noto Sans JPを単純に「無個性」と呼ぶのは少し違います。むしろ、個性を暴れさせず巨大な文字体系を成立させること自体がNotoの最も強い特徴であり「個性」です。何も考えていないから普通なのではなく、非常に大きな目的のために設計された、偉大なる「普通」です。
それゆえに使いすぎて、飽きてはいるのですが。
「日本の文字」のエレメントを守る、游ゴシック

游ゴシック体は、WindowsとMacOS双方のOSに標準搭載されているフォントで、そのため互換性を重視するWebの世界では採用されることが多いフォントのひとつです。
日本語書体は、基本的に「仮想ボディ」と呼ばれる正方形の枠の中に設計されており、文字が占める部分を「字面」と呼びます。
游ゴシックは、この字面を比較的小さく取り、文字間にゆとりを持たせて設計された書体です。 游ゴシックに感じる「少し細身で、すっとしていて、よそゆきな感じ」は、この字面によって文字そのものの周囲に空気があることも関係しています。
字面が小さいのは、「日本の文字が本来持つ特性をより忠実に現す」ための設計でもあります。日本語には、漢字・ひらがな・カタカナといった出自も構成も異なる文字が混ざっています。それらの文字の歴史的背景や運筆といった日本語特有の要素を守りながら、書体としての汎用性を研ぎ澄ませたフォントが、游ゴシック体と言えるでしょう。
LINE Seedは、いろんな意味で「フトコロ」が広い

LINE Seed JPは、SNSでおなじみの「LINE」の会社が2022年に開発したフォントです。2023年度のグッドデザイン賞を受賞しており、2026年からGoogle Fontsでも無償提供が開始。公式サイトでの説明には「やわらかなストローク」「フトコロをゆったりとした構成」という言葉が出てきます。
「フトコロ」とは、文字の中にある空間のこと。線に囲まれた内側の空間が狭いか広いかで、文字の表情はかなり変わります。フトコロが狭ければ締まって緊張感が出やすく、広ければ明るくおおらかに見えやすい。
LINE Seedを見たときに感じるフレンドリーさは、このフトコロの広さも関係しています。
さらにLINEロゴに通じる丸みを文字・数字・記号へ展開していますが、角という角を全部丸くしているわけではない。基本骨格はオーソドックスなまま、ストロークの端や曲線にほんの少し柔らかさを入れている。
「LINEらしさ」を大声で主張するのではなく、普通のゴシックとして使える範囲に少量だけブランドのDNAを混ぜる。この加減がかなり絶妙です。
和文と欧文は、そもそも別の物差しでできている
LINE Seedでもうひとつ面白いのが、欧文との関係です。
日本語は正方形の仮想ボディを基準につくられますが、欧文にはベースラインがあり、小文字の高さを表すxハイト、大文字の高さを表すキャップハイト、ベースラインより下へ伸びるディセンダーなど、別の設計基準があります。つまり「日本語10pt、英語10pt」と揃えても、そもそも同じ物差しで設計されてはいません。
さらに細かく言えば、Regular、Medium、Boldといった名称も絶対的な太さを表しているわけではありません。フォントAのMediumとフォントBのMediumが同じ黒みに見える保証はないし、「font-weight: 500だから同じ」でもありません。
文字の、ぱっと見の黒さはストローク幅だけでなく、字面、フトコロ、線の密度にも左右されます。漢字には線数の多い文字がある一方、欧文ではxハイトやカウンターの取り方でも黒みが変わる。和文と欧文のウェイト合わせは、結局「Bold+Bold」という名前合わせではなく、見た目の黒み合わせになります。
別々の和文・欧文フォントを混ぜると、英語だけ小さく見える、数字だけ妙に大きい、Boldにしたら欧文だけ黒い、といったことが起きます。実際の組版では、欧文だけ少し縮小したり、ベースラインを動かしたり、ウェイトを変えたりして目で合わせる。これが和欧混植の面倒であり、面白いところです。
LINE Seedは「欧文に和文を合わせた」フォント

LINE Seed JPは、先に存在した英語版LINE Seedをもとにつくられています。日本語書体をつくって後から欧文を添えたのではなく、先にブランドの声を持った欧文があり、その声に日本語を合わせていった。さらに英文と和文を同時に組むことを前提として、サイズや太さも調整されています。
ここがLINE Seedのいちばん面白いところです。
和欧混植というと普通は、「この日本語フォントには、どの欧文フォントを合わせよう?」とデザイナー側が考えます。しかしLINE Seedの場合、フォントそのものがすでにその調整を引き受けている。日本語と英語が並んだときに声色が切り替わらないよう、最初から設計されているわけです。
LINE Seedの和文と欧文は「同じ人が日本語と英語をしゃべっている」フォントと言えます。
そしてWebでは「どう配るか」までが書体選び
Webでは、字形だけでなく「その書体をどう届けるか」も無視できません。Noto Sans JPはGoogle Fontsから配信でき、2026年にはLINE Seed JPもGoogle Fontsに登録されました。
これが、使用する側としては結構大きい。LINE Seed自体は以前から存在していましたが、Web制作の現場で「じゃあ使ってみようか」と言いやすくなったからです。書体の良さだけではなく、配信方法やライセンス、表示速度まで含めて現実的に運用できるかどうか。Webでは、そこまで含めて「書体を選ぶ」です。
「Noto Sansに飽きた」の正体
つまり「Noto Sans JPに飽きた」というのは、「もっと変わったフォントを使いたい」という意味とはちょっと違います。
Noto Sansには、多数の文字体系を大きなシステムの中で共存させるための「普通」がある。游ゴシックには、字面を小さく取り、文字間に呼吸をつくる「普通」がある。LINE Seedには、オーソドックスな骨格の中にわずかな丸みと広いフトコロを持たせ、日本語と英語を同じブランドの声で話させる「普通」がある。
どれも一見すれば普通のゴシック体ですが、その普通のつくり方が違う。
角のわずかな丸み、仮想ボディの中の余白、フトコロの広さ、日本語とアルファベットの黒み。そんなところまで意識してWebサイトを見てはいなくても、それらの小さな差をまとめて「なんとなく好き」「なんとなく堅い」「なんとなく親しみやすい」と人は感じています。
たぶん私が欲しかったのは、変わった書体ではなく「なぜこの書体なのか」をもう一段考える余地だったのでしょう。
書体を選ぶというのは、結局その「なんとなく」の正体を探す仕事なのかもしれません。

