AIとプロンプト、またはヒトと書体 ⑨

個性的な書体は増えた、なのに文字は「似てきている」――書体のトレンドとAI時代のフォント選び

 前回はAI関連の話でしたが、今回は再び書体の話に戻ります。

 ここ一年ほどの新書体情報を見ていると、とにかく選択肢が増えています。
 モリサワは2025年10月、タイプバンクフォントと「写研クラシックス」を中心に85ファミリーをMorisawa Fontsへ追加し、2026年2月には「プフ ワンダー」「瓦ゴシック」「たらふく」など、和文・欧文・中国語・タイ文字を含む103ファミリーを追加しました。Adobe Fontsでも2026年4月、日本語フォントが1,100を超え、手書き、レトロ、ドット、極太など、かなり表情の強い書体が拡充されています。

 これだけ個性的な書体が増えたのだから、世の中の文字表現も以前より多様になっている――はずです。

 ところが実務で書体を選んでいると、どうもそう単純ではありません。たくさんの候補を試しても、最終的には「このあたりだろう」という落とし所へ戻ってくる。親しみやすさならこのあたり、信頼感ならこのあたり、高級感ならこのあたり、と、実際に採用できる範囲は意外に狭い。

 面白い書体は増えている。しかし、実際に目にする文字は、むしろ似てきてはいないでしょうか。

 今回は、最近の新書体を手がかりに、「文字のトレンド」とは何か、そしてAIによって変わりつつある書体の探し方について考えてみたいと思います。
(※今回はいつも以上に仮説寄りの話です)


文字のトレンドは、形の流行だけではない

 書体にも、極太、長体、手書き風、レトロなど、確かに形の流行はあります。ただ、書体はほとんどの場合、何らかの言葉を伝えるために使われます。だとすれば、文字のトレンドとは「どんな形が人気か」だけではなく、その時代が、文字にどう振る舞ってほしいと思っているかということなのではないかと思います。

 静かに読ませたいのか。強く呼びかけたいのか。人の手の温度を加えたいのか。あるいは、存在を意識させず情報だけを通したいのか。

 Monotypeが2025年に発表したタイプトレンドレポート「Re:Vision」も、流行する字形だけを並べたものではありません。AI、地域紛争、世代間の分断、気候変動など、社会と技術の変化に対して、デザインとタイポグラフィがどう応答しているかという視点で構成されています。

 書体は文字の声色であり、紙面や画面に加わる質感でもあります。書体の流行を見ることは、その時代が好む声の大きさや、欲している手触りを見ることでもあるのでしょう。


求められるのは「一瞬でわかる個性」

 実際の仕事で求められる書体の個性は、多くの場合、かなり短い言葉に置き換えられます。例えば、「親しみやすい」「高級感がある」「レトロでかわいい」「元気」「手作り感」「未来的」「信頼感」――。

 書体には個性が必要です。しかし、何とも説明できない個性では使いにくい。初めて見る形でありながら、どんな声なのかは一瞬でわからなければならない。

個性的であれ/ただし、その個性はすぐに分類できるものであれ

 Adobe Fontsに加わった、ドットプリンタ由来の「ドットのじ R」や、開発中の極太バリアブルフォント「ネオクロ」は、その役割が非常に明快です。「ネオクロ」は動画のサムネイル、リリックビデオ、ゲーム、菓子パッケージなど、強いインパクトが必要な用途を想定して設計されています。

 SNS、動画、ECサイト、スマートフォン広告では、文字は読まれてから印象を残すのでは遅く、読まれる前に自分が何者なのかを伝えなければなりません。

Adobe Fonts 「ネオクロ(左上)」「AB-ガンマ(右上)」「ADSかざぐるま(左下)」「ドットのじ R(右下)」

今の時代は文字に、こう要求しているように見えます。

大きな声で話せ/ただし、長く話すな
個性的であれ/ただし、一目で意味がわかる範囲で
新しくあれ/ただし、見慣れた何かに似ていなければならない

 現在の「声の大きい文字」は、自信に満ちた大声というより、情報の流れの中で消えないための大声なのかもしれません。


「制御された人間味」と「インフラになる文字」

 近年目立つレトロ、手書き、筆文字、ドット文字なども、この流れと無関係ではありません。

 デジタル環境では、滑らかで均質な文字をいくらでも作れます。だからこそ、かすれ、揺れ、墨だまり、線の不揃いといった痕跡が、画面へ温度や物質感を加えるものとして価値を持ちます。ただし、その不揃いさもフォントとして整備され、必要な文字が揃い、同じ状態で繰り返し使える。

手書きではなく「手書き感」
古い印刷ではなく「古い印刷の質感」
偶然の揺れではなく「再現可能な揺れ」

 現在求められているのは、アナログそのものより、管理可能なアナログ感――言い換えれば「制御された人間味」なのだと思います。

 一方で、Adobeの「百千鳥」のように、太さや字幅を連続的に変えられるバリアブルフォントも進化しています。こちらで求められるのは強い声ではなく、画面幅、文字数、媒体に応じて姿を変え、破綻せずに働くことです。

 一方には、一瞬で感情を伝える「叫ぶ文字」がある。もう一方には、存在を意識させず情報を通す「インフラになる文字」がある。

 正反対に見えますが、どちらも受け手に立ち止まって解釈してもらうことを期待していません。前者は一瞬でわからせ、後者は迷わせずに読ませる。どちらも、文字と受け手の間の摩擦を減らす方向へ進んでいます。


書体は「名前」から「雰囲気」で探すものへ

 変化しているのは、書体そのものだけではありません。書体の探し方も変わり始めています。

 モリサワは2026年7月、AIを活用した「雰囲気でフォント検索」のβ版をMorisawa Fontsに追加しました。「明るく親しみやすい自由な印象」「ブランドロゴに使いやすい優雅で洗練された書体」のように、求める印象を言葉で入力すると、その雰囲気に近いフォントが提案されます。

モリサワの「雰囲気でフォント検索」

 Monotypeも2026年2月、25万以上のフォントを対象に、ムード、ブランド特性、用途などを自然言語で指定できる「AI Search」を公開しました。さらに5月には、ChatGPTの会話内で実在し、ライセンス可能なMyFontsの書体を探せるアプリも発表しています。

 これまで書体を探すには、書体名、メーカー、分類、系譜といった予備知識が役立ちました。これからは名前を知らなくても、

「素朴だが子どもっぽくない」
「格式はあるが威圧的ではない」
「1970年代のSF映画のようだが、古臭すぎない」

と、完成後の印象を説明するところから探し始められます。

 この変化は、検索の入口を広げるだけではありません。これまでデザイナーの頭の中にあった「もう少しやわらかく」「品はあるが堅すぎない」といった感覚的な比較が、そのまま検索条件になります。書体選びの途中で行っていた微妙な言語化まで、検索システムの側へ移り始めているのです。書体が声色であるなら、その声はプロンプトで呼び出せるようになったのです。

 しかも、そこで使われる言葉は、クライアントから渡されるオーダーともよく似ています。AI検索は、フォントサービスの機能であると同時に、曖昧な要望を文字の形へ翻訳する、新しい接点になりつつあります。


個性が増えるほど、個性は規格化されるという矛盾

 AI検索は、巨大なフォントライブラリから目的の書体へ到達する入口を大きく広げます。

 一方で、自然言語で探すためには、書体の個性が言葉と結びついていなければなりません。「高級感」「親しみやすさ」「レトロ」「未来的」といった、説明しやすい個性ほど検索され、提案されやすくなる可能性があります。

 これからの書体に求められるのは、単に個性的であることではなく、その個性を言語化しやすいことなのかもしれません。

 個性的な書体は増える。しかし、見つけてもらえる個性は、検索可能な分類へ整理されていく。

ここに、個性が増えるほど、個性は規格化されるという、現在の書体を取り巻く大きな矛盾があります。AIは候補を見つけてくれます。しかし、その書体が文章量に耐えられるか、小さく表示しても読めるか、写真と並べたときに強すぎないか、数年使い続けても古びないか、そして本当にその言葉の声になっているかは、別の問題です。

 AIによって書体の知識が不要になるのではなく、「書体を知っている」ことの意味が変わるのでしょう。名前を数多く記憶していることから、提案された書体の違いを見分け、目的に合っているかを判断することへ。書体選びの技能は、検索する技術から、判断する技術へ移っていくのだと思います。

 書体のトレンドとは、今年は明朝かゴシックか、手書きか幾何学的かという形の流行だけではありません。どのような媒体で読まれるのか。どのくらいの時間で理解されなければならないのか。どうやって見つけられ、説明され、運用されるのか。書体を取り巻く環境全体が、文字の形と使われ方を決めています。

 使える書体が増えれば、文字表現が自動的に豊かになるわけではありません。だから、「書体を選ぶ」とは、「巨大なライブラリから好みの形を拾うこと」ではない。「いまの時代が文字に何を要求しているかを理解した上で、その要求に従うのか、少しだけ逆らうのかを決めること」なのだと思います。