AIとプロンプト、またはヒトと書体 ⑥

なぜ写植世代は石井明朝を推したがるのか

 前回の書体テーマでは、和文ゴシック体という日本独自の合理書体について整理しました。

今回はそこから少し振り子を戻して、合理だけでは言い切れない日本語書体の魅力――明朝体、とりわけ石井明朝について考えてみたいと思います。前回記事が、和文ゴシックを「情報伝達に強い実務書体」として捉えていたなら、今回はむしろ、文字そのものが持つ品位や呼吸感の話です。
(※そして今回はちょっと書体オタク寄りの話です)


 明朝体は数多くあります。にもかかわらず、写植を知る世代のデザイナーや組版者は、しばしばかなり高い確率で石井明朝の名を挙げます。

「やっぱり石井はきれい」
「品がある」
「文字を見せるなら石井」
「写植の石井を知ってると、あの感じが忘れられない」

 この「石井推し」は、単なる懐古趣味ではありません。むしろ逆で、写植という技術環境の中で、どういう字形が最も美しく見えるかを知っていた世代の評価として見たほうが自然です。

現在モリサワが提供する石井明朝も、写研創業者・石井茂吉がデザインした明朝体をベースに、現代的な調整とファミリー展開を施したものと説明されており、その特徴として「しなやかな骨格を持った漢字」と「毛筆楷書の雰囲気を含むかな」が挙げられています。

石井明朝は、写植のための明朝体だった

 石井明朝を単に「オールドマスターピース」と捉えると、たぶん本質を外します。
 この書体の重要なところは、活字時代の延長としてではなく、写真植字という新しい出力技術のために設計された明朝体だという点にあります。石井明朝は、筆書きのニュアンスを残した伸びやかで柔らかな書体であり、石井茂吉が自ら筆で書いて制作したとモリサワの公式noteでも紹介されています。

 写植には、活字とは異なる自由と制約がありました。
 金属活字のように母型を彫る必要がないぶん、線の表情や筆意をより繊細に持ち込める。その一方で、写真処理由来のにじみや飛びがあるため、活字の字形をそのまま持ってきても美しくはならない。モリサワの解説では、写植特有のかすれやにじみへの対策として、石井明朝では横線をやや太く、縦線をやや細く調整したことが説明されています。

 つまり石井明朝は、活字明朝の代用品ではありません。写植の物理に合わせて、明朝体のバランスそのものを組み替えた書体です。
 この時点で、すでにかなり特殊な存在だと言っていいでしょう。


石井明朝の美しさは、漢字だけでなく「かな」で決まる

 石井明朝を語るとき、漢字のしなやかな骨格や線のやわらかさに注目が集まりがちです。
 もちろんそれも重要なのですが、書体好きの目線で見ると、石井明朝の面白さはむしろかなの系譜の豊かさにあります。

 写研アーカイブを見ると石井明朝には、1933年のオールドスタイル小がな、1951年のニュースタイル小がな、1955年のオールドスタイル大がな、1970年の縦組用かな/横組用かななど、かなまわりに複数の系統と展開があります。これは石井明朝が、単一の字形だけで完結する書体ではなく、かなの選択によって紙面の温度やリズムを変えられる書体群であったことを示しています。
(※以下の画像は写研アーカイブより)

左:横組用かな 右:横組用かな 特に「う・し・ら・り」などに違いが顕著

 この感覚は、写植世代の書体観を理解する上でかなり重要です。「石井明朝が好き」というより、実際には「どの石井のかなで、どういう紙面をつくるか」まで含めて好きなのだと思います。

 だから石井明朝の魅力は、単なる「美しい明朝体」にとどまりません。かなを含めて組んだとき、紙面全体に呼吸が生まれる。その呼吸こそが、石井明朝が長く推され続ける理由のひとつです。


「東の写研、西のモリサワ」という対比で見えてくるもの

 石井明朝を語っていると、どうしても頭に浮かぶのが「東の写研、西のモリサワ」という古い対比です。実際の商圏や受容はそんなに単純ではありませんが、少なくとも写植文化を支えた二大極として、写研とモリサワが語られてきたのは確かです。モリサワの沿革でも、石井氏との共同事業解消後、1955年に自社オリジナルの写植書体第1号として中明朝体AB1と中ゴシック体BB1を発表したことが記されています。

 この対比を少し乱暴に言えば、
写研=写植ならではの造形美を極める側
モリサワ=現場で使い続けられる標準書体群を育てる側
という違いが見えてきます。

 もちろん両者とも美しさを追求していますし、両者とも実務に深く根ざしています。ただ、語られ方としてはやはり違う。
 石井明朝が「品がある」「文字が立つ」と言われやすいのに対し、モリサワの代表的な明朝体は、より本文性、標準性、汎用性の文脈で語られやすい傾向があります。


リュウミンは「本文実務の基準」だった

 そのモリサワ側の代表格として、やはり外せないのがリュウミンです。
 リュウミンは、森川龍文堂明朝体をベースに開発された、モリサワを代表するスタンダードな明朝体です。公式説明でも、金属活字に由来する彫刻刀の冴えを払いの形や点に活かしつつ、先端やウロコにはやわらかさを持たせ、本文組みから見出しまでDTPの基本書体として幅広く使われているとされています。

ここで石井明朝との違いがはっきりします。
 石井明朝が「文字そのものが美しく見える」ことに強いとすれば、
 リュウミンは「組んだときに安定して読ませられる」ことに強い。

 つまり、石井明朝が写植美の基準だとすると、リュウミンは本文実務の基準です。
 書体オタク気味に言えば、石井明朝が「推したくなる明朝」なら、リュウミンは「戻ってきてしまう明朝」でしょうか。これはもちろん比喩ですが、役割感としてはかなり近いでしょう。

ではA1明朝はどこにいるのか

 ここにさらにもう一本、モリサワ側の別の系譜として入ってくるのが、石井明朝と並べられることも多いA1明朝です。

 A1明朝は、モリサワ最初期から長く愛されてきたオールドスタイルの明朝体で、ゆったりとしたカーブを持つ漢字、優美なかな、そしてデジタル化にあたって再現された写植特有の墨だまりが大きな特徴です。モリサワの書体見本でも、やわらかな印象と自然な温かみを感じさせる書体として説明されています。

 さらにモリサワの解説記事では、A1明朝はオールドスタイルの明朝体に分類され、整いすぎていない、自然な筆書きに近い骨格を持つ書体だとされています。ここではモダンスタイルの明朝体と比較して、A1明朝のほうがより自然で、どこか湿度を帯びた字形であることが強調されています。

 このため、A1明朝はリュウミンと同じ「モリサワの明朝体」ではあっても、立ち位置はかなり違います。
 リュウミンが標準、本文、汎用の側へ開いているのに対し、A1明朝はもっと情緒、古典味、文芸性の側に重心があります。

 なので三者の関係をかなり乱暴に整理すると、こうなります。

  • 石井明朝=写植美の基準
  • リュウミン=本文実務の基準
  • A1明朝=情緒と古典味の基準

 この三つは優劣の関係ではなく、どこに美しさを置くかの違いです。
 石井明朝には気品があり、リュウミンには安定があり、A1明朝には温度がある。そう言い換えると、かなり見通しがよくなります。


なぜ写植世代は石井明朝を推したがるのか

 ここまでくれば、答えはだいぶ見えてきます。

 写植世代が石井明朝を推したがるのは、単に「昔よく使ったから」ではありません。
 石井明朝が、文字を情報としてではなく、造形としても成立させることができた書体だったからです。筆書きのニュアンスを残した伸びやかさ、かなを含めた紙面の呼吸、写植に最適化された線のバランス。そのすべてが揃っていたからこそ、石井明朝は「ただ読める」ではなく「見た瞬間に品位が立ち上がる」書体になったのでしょう。

 しかも、比較対象としてリュウミンやA1明朝を置いてみると、その個性はさらに明確になります。
 リュウミンのような標準性とも違う。
 A1明朝のような湿度とも少し違う。
 石井明朝には、もっと写植という技術と直結した、引き締まった気品があります。

 だから写植世代にとって石井明朝は、懐かしい書体というより「文字はここまで美しくできる」という基準の記憶なのだと思います。
 推したくなるのは当然です。それはノスタルジーというより、むしろ経験に裏打ちされた審美眼の表明に近いと言えます。


明朝体は、ひとつの答えではない

 和文ゴシック体が合理によって磨かれてきた書体だとすれば、明朝体はもっと多義的です。
 石井明朝のように、写植の中で造形美を極めた明朝がある。
 リュウミンのように、標準書体として本文実務を支え続ける明朝がある。
 A1明朝のように、古典味や情緒を現代へ持ち込む明朝もある。

 つまり「明朝体」とひとことで言っても、そこには複数の思想があります。文字をどう読ませたいのか。どんな空気を紙面に宿したいのか。どこに気品を置き、どこに温度を残すのか。

 石井明朝を推したがる写植世代は、その問いに対して、ひとつの明確な答えを知っている世代なのかもしれません。
 「文字は、情報であると同時に、美でありうる」
 石井明朝は、そのことを今もかなり雄弁に語ってくれる書体です。