サンセリフ書体を選ぶ、ということ

 前回、欧文書体には大きく「セリフ体」と「サンセリフ体」があるということに触れました。セリフとは文字の端に付く小さな飾りのことで、これを持たない書体が「サンセリフ」。
 しかし、サンセリフは単に「飾りを削ぎ落とした文字」ではありません。むしろ、装飾を失うことで初めて露わになった「構造」や「骨格」こそが、その表情を決めています。

 サンセリフがどのように生まれ、どんな系譜に分かれ、どんな声を持っているのか——今回は、それを少し丁寧にたどってみたいと思います。


サンセリフの成り立ち(前回のおさらい)

 サンセリフの体系的な登場は19世紀初頭。当時の欧米は産業革命の真っただ中で、街には看板とポスターが溢れ始めていました。遠くからでも読める、力強く一瞬で伝わる文字が必要とされた時代です。

 1816年、英国 Caslon IV の「Two Lines English Egyptian」が、商業活字として最初期のサンセリフとされています。それまでローマン(セリフ体)が常識だった世界に突如現れた「飾りのない文字」は、奇妙(Grotesque:グロテスク)だと評されながらも、広告文化とともに広がっていきました。

 20世紀に入ると、モダニズムが「装飾からの解放」を掲げます。Futura や Helvetica といった、いわば「現代の顔」ともいうべきサンセリフが次々に現れました。
そして現代——ディスプレイとUIの時代において、サンセリフは最も身近な文字となっています。


サンセリフの4つの系統

 前回、Helvetica をシンプルで合理的=「近代の中立性を体現した文字」と紹介しました。サンセリフを理解するには、この中立性がどこから来たのか、逆に「中立ではないサンセリフ」とは何なのか、という視点が役に立ちます。

 サンセリフは一般に、次の4系統に分類されます。

  • グロテスク(Grotesque)
  • リアリスト(Realist / Neo-Grotesque)
  • ヒューマニスト(Humanist)
  • ヒューマニスト(Geometric)

 それぞれ成り立ちも骨格も異なり、同じ「飾りのない文字」でもまったく違う表情を持っています。


グロテスク:工業化の匂いを残す文字

 19世紀に初めて登場したサンセリフが、このグロテスク系です。「Grotesque=奇妙」という言葉自体に、ローマン体が支配していた時代の価値観が透けて見えます。

 この時代のサンセリフは、看板やポスターなど「遠くから読まれる文字」として生まれている。やや狭い字幅、閉じ気味のカウンター(内部空間)、骨太で実直な表情。
 ローマン体の影響がまだ残りつつも、工業化の匂いが混じる、独特のざらつきを持っています。

 代表的な書体としては以下のとおり。

  • Akzidenz-Grotesk(1898):現代サンセリフの原点
  • Franklin Gothic(1902):アメリカの看板文化を象徴する力強さ
  • News Gothic(1908):新聞印刷のための軽快な設計
  • DIN(1931):ドイツ規格協会が定めた機械彫りの統一書体

 歴史的背景が強く出るため「存在感」や「骨格の強さ」を求めるデザインに向きます。

リアリスト:中立性という理想

 Helvetica の登場で象徴された20世紀中盤の「中立の書体」こそが、このリアリスト系です。グロテスクの荒さを整え、均整を徹底し、癖のない「透明な文字」を目指した結果生まれた書体です。

 戦後、スイス・ドイツを中心に広がった「国際タイポグラフィ様式」の思想が色濃く、情報を素直に伝えるための文字。つまり、文字自体が語りすぎない文字といえます。

代表的な書体は以下。

  • Neue Haas Grotesk(1957):Helveticaの前身
  • Univers(1957):体系的ファミリー展開の先駆
  • Helvetica(1960):20世紀を代表する「ニュートラルの象徴」
  • Arial(1982):OSとともに普及した「実装型サンセリフ」

 企業CI、交通サイン、UIなど「誰にでも読まれること」が必須の領域では、現在も主役であり続けている書体です。

ヒューマニスト:人の手の痕跡を残す文字

 リアリストが機能と中立を突き詰めたサンセリフだとすれば、ヒューマニスト系はその対極にあります。文字の源流である「手書き」や「古典活字」の骨格を取り込み、人の呼吸のような自然なリズムを持っています。

 画面表示に強い開口部(広いカウンター)や、穏やかな太さの変化が、読みやすさと親しみやすさを両立させている書体です。

代表的な書体は、

  • Gill Sans(1928):英国人文主義の柔らかさ
  • Frutiger(1976):空港サイン用に設計された「距離に強い文字」
  • Myriad(1992):Appleのブランドトーンを形成した
  • Open Sans(2010):Web時代のスタンダード

「温度が必要な情報」「硬すぎないUI」「親しみを持たせたい場面」に向いています。

ジオメトリック:幾何学で描く未来

 バウハウス以降の「幾何学こそ美である」という思想から生まれたのがジオメトリック系です。円や直線などの純粋な図形で文字を構築しようとする試みです。

 機能性というよりは、観念性と造形の美しさに重心を置いた書体で、ときにストイック、ときにアイコニックで、もっとも「デザインの香り」が強いサンセリフ体です。

以下が、代表的な書体。

  • Futura(1927):幾何学サンセリフの金字塔
  • Avenir(1988):幾何学と人間味の折衷
  • Gotham(2000):都市景観を抽出した現代の代表作
  • Proxima Nova(2005):Web黎明期に最も使われたジオメトリック

 ロゴ・見出し・VI(ビジュアルアイデンティティ)など「印象そのもの」をデザインしたい領域に向いている書体です。

まとめ:サンセリフ書体は「無表情」じゃない

 サンセリフ体を「飾りがないから中立」というのは、半分だけ正しく、半分は間違い。実際には、

グロテスクの「産業の気配」、
リアリストの「透明さ」、
ヒューマニストの「呼吸」、
ジオメトリックの「未来性」——

 これらはすべて、書体が背負ってきた時代と思想がもたらす表情です。つまり、どのサンセリフを選ぶかは、「どんな声で語りたいのか」を選ぶということでもあります


 今回は欧文サンセリフについてお話ししましたが、じゃあ日本語は?となれば「日本語には日本語の事情」があるわけで、漢字・かな・縦書き文化・紙と画面の混在——欧文とは違う条件が、日本語のサンセリフに相当する「和文ゴシック」をまったく別の進化へと導いています。

 次回は、最近手掛けた制作物のことを絡めながら、和文ゴシックの歴史や進化、欧文サンセリフとの違いなどに触れようと思います。